世話焼き

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2024.07.01

 

世話焼きな方だと自分でも思う。承認欲求というか存在証明というか、無形だけど高価値なものとして還ってくる感覚が心地良いのだろうと思う。

 

両親は自分が中学3年生の時に離婚して母ひとりで男3兄弟を育ててくれたのだけれど、幼少期の頃から仕事人間だった父親は家に居ることの方が珍しい存在だったので、昔から『母+男3兄弟』という4人構成が基本状態だった。その長男として、自分は部分的に父親の役割も担っていた。下の弟2人に関することは母親と一緒になって頭を使った。自分はそれを母親から求められていると自覚していたし、頼られている状態が嬉しくもあった。それこそが自分の価値なんだと思った。

 

まったく記憶にはないのだけれど、母親が居間で机に肘をついて居眠りをしていると、幼少期の僕は押し入れから毛布を引っ張り出してきて母親に掛けたことがあったそうだ。そのことを母親はずっと覚えていて30歳にもなろうかという頃に初めてそんな話を聞く機会があった。

 

たぶんあの頃からずっと、結果的にありがとうを言われようが言われまいが、ありがとうを言われるであろう体で少しだけ先の未来で誰かが喜んでくれるであろう世話焼きをする性格なのだろうと思う。

 

大人の役割を与えられたことで幼くして物じゃないもらいものがどれだけ甘美たるかを覚えてしまったのだろう。

 

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